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岐阜地方裁判所 昭和48年(ヨ)36号 決定

債権者 小島繁光

右訴訟代理人弁護士 小島将利

同 浦田数利

債務者 森弘志

債務者 日邦建設株式会社

右代表者代表取締役 島津邦夫

右両名訴訟代理人弁護士 古井戸義雄

主文

債権者小島繁光が債務者らのために七日以内に共同で金一〇〇万円の保証をたてることを条件として、債務者らは右債権者に対し岐阜県羽島郡笠松町八幡町四九番地一三二・三六平方メートル(但し、実測一二六・九五平方メートル)に建築中の鉄筋コンクリート造陸屋根三階建建物のうち別紙一ないし三記載のABCHGFAを結ぶ三階部分の建築工事をしてはならない。

その余の債権者の申請を却下する。

理由

(本件申請の趣旨および申請の理由)

第一、申請の趣旨

債務者らは債権者に対し、債務者らが岐阜県羽島郡笠松町四九番地宅地一三二・三六平方メートル(実測一二六・九五平方メートル)上に現に建築中の鉄筋コンクリート三階建建物のうち

(一)  別紙一ないし三記載のABCDEJIHGFAを結ぶ部分および別紙四および五記載のイロハニイを結ぶ部分の建築工事を、

(二)  別紙一ないし三記載のABCDIHGFAを結ぶ部分および別紙四および五記載のイロハニイを結ぶ部分の建築工事を、

(三)  別紙一ないし三記載のABCHGFAを結ぶ部分および別紙四および五記載のイロハニイを結ぶ部分の建築工事を、

(四)  別紙一ないし三記載のABGLKFAを結ぶ部分および別紙四および五記載のイロハニイを結ぶ部分の建築工事を、

してはならない(右(一)ないし(四)は順位的請求)。

第二、申請人の申請の理由

一、(債権者)

債権者は昭和一〇年別紙六記載の建物をその所有者である申請外堀江保一郎より賃借し、以来今日まで同所で軽車輛類の販売業を営なんでいる。現在右建物には債権者の他に妻とめ、三男活侍が同居して生活している。

二、(債務者ら)

(一) 債務者森弘志(以下、単に債務者森という。)は、同人の父横山寿一が昭和一〇年ころより申請外野口惣太郎から債借して居住していた別紙七(二)記載の建物(以下、単に旧建物という。)およびその敷地(別紙七(一)記載の土地。以下、単に本件土地という。)を同四四年二月一八日右野口より買受けその所有権を取得した。

(二) 債務者森は同四七年二月ころ旧建物を取毀したうえその敷地上に鉄筋コンクリート造三階建貸店舗兼共同住宅(以下、単に本件建物という。)を建築する計画をし債務者日邦建設株式会社に本件建物建築工事を請負わせ同年九月初ころよりその建築工事に着手した。

(三) 債務者森が計画している本件建物の規模は東西に長さ二一メートル、幅員五メートル、高さ九メートル、各階の面積合計一〇五平方メートル、延べ面積合計三一五平一方メートルである。

なお、本件土地の公築上の面積は一三二・三六平方メートルであるが、実測は一二五平方メートルの巾約六メートル、長さ約二二メートル位の細長い土地である。

(四) 本件土地は八割建ぺい率である。

三、(損害状況の存在)

債務者森の本件建物の完成により債権者の蒙る損害

(一) 本件建物が完成すると債権者には次のような事態が発生する。

1、日光の遮断および通風障害

(1) 債権者居宅の従前の日照関係

債権者居宅家屋の内主家たる南北道路に面した建物の二階東側の居室は一番日当りの良い居室で冬至期でも八時より午前一一時半ころまで東および南の日照があり非常に明るく暖かな部屋であり、同室からの視界も十分であり天空もかなり広く通風も良好であった。その後債権者居宅南側敷地の建物の配置の変遷のためそれまで一日中日照の恩恵をうけていた(以前南側が訴外近藤家の庭であったため)右主家たる後部(現在の訴外野口家の建物の北側相当部分)の部分は殆ど日照がなくなってしまったものの、主家たる建物の東側居室は従来通り非常に日当り良く、その居室の東側に物干し場を設置し洗濯物、布団等の乾燥にも支障なく平穏に暮してきた。

かかる如く債権者の居住敷地はその地形のもつ本質的制約から必ずしも十分な日照ではなかったが、生活には何等支障を生じない程度の日照を得ていたものであり採光、通風も十分であった。

なお、本件係争地付近は東西に細長く敷地を有して軒を連ねているが、殆どの家が道路に面して母屋を有しその裏に庭又は平家建離れを有しており、このような状態で一つの調和がとれた町が形成され、どの家庭も平均的通風、日照の恩恵に浴してきた。

(2) 債権者の居住する建物の敷地は東西に長さ約二三メートル、幅員四メートル五〇センチのうなぎの寝床のような地形であり、債務者らが建築に着手している本件建物は債権者の土地の真南全域に亘って建てられることになり、その高さが九メートルとなるので債権者の居住建物には全く日光が遮断され、冬至期における日照は殆ど皆無となるものであり、かかる日照被害は騒音や煤煙のように一過性のものでなくその被害は半永久的である。更に、債権者の住居と債務者らが建築中の建物との間は約三〇センチ位(設計図では二〇センチ)しか離れておらず南側からの通風は完全に遮断されてしまう。

2、その他の損害

右の結果債権者が蒙る精神的物質的打撃は計り知れないものであり室内温度も五~一〇度も下ると予想され、債権者の屋内は湿度も高くなり常に暗くじめじめし日中でも電灯の光を必要とするほか冷暖房の費用も著しく増大し洗濯物も乾かなくなることは必定である。又、債権者の妻は肝臓、腎臓等の障害で長期療養中であるが、右のような環境の変化により一層悪化することが予想される。

(二) 本件建築工事による損害

1、債務者森から本件工事を受注した債務者日邦建設株式会社(以下、単に債務者会社という。)は、同四七年一〇月一日から四日間六メートル位のシートパイル打ちを始め終日大変な騒音と振動があり今にも家が傾むくのではないかと心配されるような工事をし、同年一〇月二一日より四日に亘り五、六メートルの長さの鉄製レールを打ち込んだ。

2、そのため

(1) 債権者の店舗南側コンクリート部分に亀裂が生じ、

(2) 債権者の家屋南側部分の土壁全体に亘り隙間が生じ風が吹き込むようになってしまい、

(3) 玄関のサッシュ戸五枚の内三枚の開閉ができなくなってしまい営業にも支障をきたしており、

(4) 又、家屋南側の土台が沈下する等の被害が生じた。

四、(事情)

本件建築による債権者の住居に対する日照、通風、採光の妨害は、以下の如く債権者が受忍すべき限度をこえるものであるから、債権者は債務者らに対し、申請の趣旨記載のとおり、右建築工事の差止を求める。

(一) (総説)

建築基準法第一条は「この法律――する」と定め、これを受けて同法第二九条は「住宅は――」等と規定する等不充分ながら日照権を意識的に考慮しており、更に近時の学説判例でも日照、通風が重要な人格権の一つであることが確定されて来ているのであり、建物を新築する者は北側の住宅の日照、通風を阻害しないよう充分配慮すべき義務がある。

(二) (債務者の主観的意図)

本件は幅員僅か五、六メートル、長さ東西に二二メートル(債務者森の敷地)と二四メートル(債権者の居宅敷地)で細長い土地が併列し存在するものであり、その南側に高さ九メートルもの鉄筋建物を建築する時は建築者において特に日照、通風を妨げないようにすべきである。ところが、債務者森はかかる配慮を全く払わないばかりか、債権者の「長い間の近所どおしのことだから円満に話し合いをしながら進めていきたい。ついては設計図面ができたら私の方にも説明して下さい」との申し出に対しても種々の虚言を弄して誤魔化しその建築内容の詳細、図面の開示等を拒否しながら無暴な工事を完行しようとしている。

債権者の居住家屋は五〇年を超える古い日本家屋であり、その敷地の地質も砂質であるため僅か三〇センチしか離れない場所での鉄筋コンクリート三階建の建築工事には当然種々の危険(地盤沈下、屋根、壁、柱等の損傷)が予測されたので債権者は同年九月四日、債務者会社の本件工事主任橋本保成と話し合いのうえ「工事に伴なう当方の建物の損害補償については建物の構造、内容及び工程等についての具体的説明を受けたうえ双方協議して損害補償に関する協定書を作成する」「工事の施行に当っては最大限の予防措置を講じ、万一危険が生じた場合は直ちに工事を中止する」旨の合意ができた。しかるに、債務者会社は債務者森が承諾しないことを理由に建築建物の構造、内容および工程等の説明をせず債権者の申し入れにも拘らず何等の防禦措置も講じないままシートパイルの打ち込み等を強行した。更に、債務者森は同年一〇月四日および同四八年一月五日の二度に亘る岐阜県建築課板谷事務官よりの「図面等を提示して話し合いをするよう」とのあっせんをも全く無視して来たものであり、債務者らのかかる不誠実な態度は、本件建築工事により日照妨害をなすことにつき害意を有しているといっても過言ではない。

(三) (違法建築)

本件土地の実測結果と債務者森が建築確認申請をするにつき作成し県に提出した図面は次のとおり相違している。

債務者の図面 債権者の調査

敷地面積 一三六・〇四メートル 一二四・九一メートル

西側幅員 六・三〃 五・九七〃

東側幅員 七〃 七〃

最狭幅員 六〃 五・三四〃

敷地長さ 二二〃 二一・八〃

最狭幅員地点における南側通路幅員 五・三〃 五・〇五〃

債務者森は本件土地上に長さ二一メートル、幅員五メートル、高さ九メートルの正矩形の建物を建てる予定をしている。しかし、債権者が調査した右実測によると新築建物の床面積は実測敷地一二四・九一平方メートルの八割に相当する九九・九二平方メートルとなるべきところ債務者森は床面積一〇五平方メートルの建物を建築しようとしているのであって、これは明らかに建ぺい率に違反する。

又、本件敷地の最狭幅員は五・三四メートルであるから民法第二三四条により境界線より離すべき五〇センチを差引くと幅員五メートルの建物は建てられないこと明らかである。

なお、近隣の大半が軒を接つして建物が建てられていることから同条に規定する慣習の存在が問題になるが、当該慣習は建築する建物が古くからの町の環境に従い通常の木造二階建建物を建築する等近隣の住家に新たな生活変革を与えない場合に限って認められるものであり、本件の如き従来の町並みに添わない、しかも近隣に大変な生活環境の変化を強いる建物の建築には同条の適用はない。更に、高さにおいても本件敷地の最狭幅員地点における道路巾が六・一四メートル以上ないと高さ九メートルの建物は建築できない。

かかる実状を無視して、債務者森は債権者に建築図面及び建築内容の詳細を秘し、債権者の確知しないまま右違法建築を完工しようと策謀している。

なお、債権者および債務者主張の本件地形等は別紙八の如くである。

(四) (本件土地の地域性、発展性)

本件土地は商業地区で防火、準防火の指定のない地区である。本件土地の西側の五メートル道路をはさんで、東側は商業地区、西側は住宅地区に指定されているが、現状はともに住宅中心の地区であり商業地域指定は実体に符合しない。本件笠松町は非常に古い町であるが、とりわけ本件土地の存在する笠松町八幡町は旧家の多い地区であり、南北に走る長い道路を中心に約六〇軒の家が建ち並んでいる。その内約一四軒が商店であるが、いずれも小規模な併用住宅であり、別紙九の如く三階建の建物は一軒もない状況である。近時郊外の国道付近が急速に発展し本件土地を含む古い町内は順次さびれてゆく傾向にある。

なお、笠松町においても三階建建築は存在するが、その内いくつかは公共的建物(町役場、公民館および銀行)であり、残りは笠松町唯一の商店街たる本町に存在する建物である。しかも、本件の如く南側が全面的に閉鎖されるような長い建物は存在しない。

(五) (本件建物の社会的意義)

本件建物は貸店舗と貸アパートにするために建築されるものである。なお、債務者森は肩書住所地に三階建の工場兼居宅を所有している。

(六) (土地利用の先後関係)

債権者は債務者森より早くから現居住地に住み三五年間の長きに亘って日照の恩恵を受け平穏な生活をしてきた。

(七) (被害の非回避性)

本件日照の被害は債権者の居住敷地全体に亘るものであるため、債権者において建物を改造する等によってもその被害を回避できない。

(八) (設計変更の可能性)

債務者においては一部設計変更により債権者の被害をある程度軽減することは容易である。

五、(被保全権利ならびに仮処分の必要性)

(一) 以上の如く、本件建築によって債権者は重大な損害を受けるものであり、

1、まず、債務者らの当該行為は違法に他人の権利を侵害する不法行為である。住宅における日照、通風の確保は快適で健康な生活を享受するために必要不可欠の生活利益であり、本件において侵害される権利は人間の基本的権利としての人格権ないし生存権であり何人も侵害することができず、かかる権利は宅地建物所有者はもちろん借地人借家人らも享受しうるものである。前記の如く債務者らの行為は債権者の受忍限度を著しく超える不法行為であるから、債権者は債務者森に対して日照権を阻害する建物の建築を禁止する請求権を有する。

2、次に、債権者は賃貸人である申請外堀江保一郎との間において賃借建物の一切の修理は賃借人の負担においてなす旨の約定がある。従って、債務者らの本件工事によって損傷を受けた債権者居住建物の損害賠償を請求し、且つ今後の工事の進行によって生ずべき損害を未然に防止するためその工事の差止を請求する。

3、更に、付加するに、別紙四および五記載のイロハニイを結ぶ部分の建築工事の禁止を求める被保全権利は更に民法第二三四条相隣権にも基づくものである。

六、よって、債権者は債務者らの権利(日照権等)侵害に対し近く本訴を提起すべく準備中であるが、債務者らは既に本件建築工事を開始しており、このまま本案判決まで放置すれば債務者らの工事が完成し、これによる被害を事後的に救済する手段がない。よって、債権者は本申請に及んだ。

(当裁判所の判断)

一、人間が生活の本拠とする土地建物において日照通風等の恵みをうけることは、快適で健康な生活環境の確保のため必要不可欠な生活利益であり、当該生活利益の確保はその権利の法的性格は別として法的保護の対象となるのは自明の理であるところ、かかる生活利益が第三者から侵害された場合には、諸般の事情を比較衡量し、第三者の他人に被害を与える行為が社会生活上一般に受忍限度を著しく超える(単なる金銭補償をもってしては償いえない)不法行為である時は、被害者は加害者に対してその侵害の排除、差止めを請求しうると考える。

二、そこで、本件債務者らの建築しようとしている建物の完成によって債権者にもたらされる日照、通風等の被害の程度が債権者の受忍限度を著しく超えるか否かについて判断する。

(一)

1、申請の理由一、同二(一)、(二)、(四)、同三(二)、(1)、同四(二)中の債権者、債務者森の敷地の形状、債権者の債務者森への申し出および債務者らにおいて当該申し出を拒否した事実、債権者の債務者会社との間の本件工事に関する合意および当該合意は遵守されなかった事実および債務者森は岐阜県建築課板谷事務官からのあっせんを拒否した事実、同四(三)の表の債務者らの図面の段、同四(五)はいずれも当事者間に争いがない。

2、本件各疎明資料、債権者、債務者ら各本人審尋の結果を綜合すると次の各事実が一応認められる。

(1) 本件土地およびその周辺は一応商業地域の指定を受けているものの、同地域には高層建築物はなく、実体は木造二階造を主体とする住宅中心の地区であり、商店があったとしてもいずれも小規模な併用住宅である。なお、笠松町の八幡町以外の地域にはいくつかの鉄筋コンクリート造建物が散在するが、かかる鉄筋コンクリート造建物の内本件の如き細長い土地上にほぼ真南に敷地一杯に建築するような実例は存在しないこと。

(2) 債権者は昭和一〇年より今日まで別紙六記載の建物をその所有者である申請外堀江保一郎から賃借し居住しており、その居住敷地の形状からくる本質的制約から必らずしも十分な日照とはいえないが、債権者居宅家屋の内主家たる南北道路に面した建物の二階東側の居室は冬至期でも午前八時より午前一一時半ころまで東および南の日照があり明るく通風も良好で、右居室の東側に物干し場を設置し、洗濯物、布団等の乾燥等にも支障なく今日まで一応最小限度の人間らしい生活をするための日照、通風等の自然の恵みを享受してきたこと。

(3) 本件建物が設計どおりに完成した場合に、債権者らがうける日照の被害の程度は、殆ど終日日照をうけられない状態となり、又、当該日照の被害は債権者居宅の改造によって直ちに回避できる性質のものでないこと。

(4) 審理の過程において当裁判所は債務者らに設計変更により債権者の被害を可及的に軽減するよう勧告したのであるが、これに対し債務者らは建ぺい率(八割)違反を指摘され建築面積一〇五平方メートルを一〇一・四三平方メートルに減少しその幅員を幾分短縮したものの(なお、債務者らは前記の如く減少したものの疎明によれば本件土地面積は一二四・九五平方メートルであるから建ぺい率違反の点が窺われる)他の部分については終始これを拒否し続け、その理由として設計変更は建築学上からいって困難であるというものの、その他の設計変更による外観のみにくさおよび貸店舗、貸アパートとしての採算が難かしい旨強力に述べていること。

(5) 債務者森は本件建築は自己の住居の確保という目的からではなく、貸店舗、貸アパートとして全く営利を目的として建築しようとしていること。

(6) 本件土地およびその周辺の家屋はいずれも境界線一杯に建築する慣習が存在すること。

(二)  以上認定した事実によると、本件建物の完成により債権者が同一〇年より享受して来た日照、通風等の生活利益は全く奪われ、極度に悪い生活環境のもとでの生活を余儀なくされることになると予想されるものであり、従来債権者が享受してきた日照、通風が人間らしい生活を確保するための最小限度のものであることを考えると、本件建物完成による債権者の肉体的、精神的打撃は計りしれないものといわざるをえない。

なお、日照権保護については、商業地域と住居専用地域、住居地域とでそこに相違があることは、土地の有効利用の要請等からいって当然であると考えるが、かかる日照権保護についての差違は勿論形式的指定を無視してよいというものでないものの、単に形式上当該地域が如何なる地域に指定されているかということで生ずるものでは決してなく、当該地域が実体的に如何なる実質を有する地域であるかによって決すべきものと思料する。してみると、本件土地およびその周辺は土地の有効利用の要請が強く都市中心部の中、高層化が不可避的に進行している地域であるとはいいきれない現状であり、且つ実体も住宅中心地域であることを合わせ考えると、本件における日照に関しては住居地域を基準として判断するのが妥当である。又、歴史的に見ても我が国においては、日照、通風が特に住宅にとって必要不可欠なものとして日本人の生の一部をなしているといってもいいことを考えると、日照、通風は他の如何なる要因よりも重く保護されなくてはならない。

又、前記の如く、債務者らにおいてはその感情的な反発も介在したことは確かであろうが、債権者との間の交渉過程におけるいわゆる衡平に反するような不誠実な態度は矢張り本件建築の違法性肯定の材料とされてもいたしかたないものである。

本件は確かに種々の要因を包含し極めて困難な問題ではあるが、前記諸々の事情を綜合して判断すると、債務者らにおいて故意に債権者を害する意図のもとに本件建築をしようとしているものでないことおよび一応商業地域の指定を受けていることを十分斟酌しても、債権者の受ける被害の程度はいわゆる受忍の限度を著しく超えていると認めるのが相当である。

しかして、債権者のために最低限度必要と認められる日照、採光等の確保は少くとも主文に掲記した程度の設計の変更が必要であり、更に、本件建物が当初の設計通りに完成すると後日その一部を除去することは著しく困難であることが明らかであるから保全の必要性も認められる。

なお、民法第二三六条の距離保持の点について考えるに、本件土地およびその周辺には前記認定の如く家屋はいずれも境界線一杯に建築する慣習が存在するものであり、且つかかる慣習は新築建築物が木造か鉄筋コンクリートかによってその適用に相違を生ずるものではないから、債務者らの建築はこの点では何等違法性を帯びるものではない(付記するに、相隣関係に関する規定は、相隣接する不動産相互間の利用を調整するという趣旨のものであるから、土地所有権のみならず、土地賃借権等他の不動産利用権に対しても性質上同条を準用しうると考える。)。

故に、債権者の本件申請は主文掲記の限度で理由がある。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判官 古屋紘昭)

〈以下省略〉

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